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フィリピンと日本の歴史(3)

2017年 6月11日

山形 則子

フィリピン

こんにちは。STEPの山形です。
 
フィリピンにある世界遺産にも
日本とのつながりを語る
エピソードが残されています。
 
今日ご紹介する世界遺産は
ビガン歴史都市です。
 
ビガンは先週ご紹介した
エルピディオ・キリノ大統領の生まれ故郷。
 
16世紀からのスペインによる統治下で
商業、貿易の拠点として栄えたこの街は
スペイン、中国、ラテンアメリカの影響を受けた
美しくユニークな街並みです。
 
この美しくユニークな街では
第二次世界大戦時、日本軍を砲撃しようと
侵攻してきたアメリカ軍に対し
フィリピン人の司教が
「この街にもう日本人はいない」
と言って砲撃をやめさせた逸話が残っています。
 
この司教、実は
このビガンの地で結婚し
家庭を築いていた日本人兵士から
「愛する家族を残して敗走するので
戦争によってこの美しい街が
爆撃・破壊・略奪されることのないように
力を尽くしてほしい」
と懇願されていたのです。
 
誠実に尽くしてくださった司教と
日本人兵士には、日頃どのような
交流があったのだろう?と想像が膨らみます。
 
フィリピンにはもともと
マニラやセブにも同様の
美しい街並みがあったのですが
戦争によって破壊されました。
 
ビガンの街並みは、
フィリピン人と日本人の交流によって
戦禍を逃れ、のちに世界遺産にまでなったのです。
 
日本人戦犯を釈放した大統領の故郷でのエピソード。
やはりフィリピンは、私たち日本人にとって
かけがえのない隣人であると思うのです。
 
今回も最後までお読みいただき
ありがとうございました。