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【アジアの病人と呼ばれた国③】『アジア通貨危機からの逆転V』

2018年 7月17日

町田 健登

金融関連

こんばんは。
S DIVISION HOLDINGS INC.の町田健登です。

本日は、前回お話させて頂いた、
『真の独立』を果たしたフィリピン。

しかし、まだまだフィリピンの経済は
V字逆転はしていません。

それでは、ニノイ政権下でいかにして
フィリピンは高度経済成長期まで至ったかに
ついて今日は触れていきたいと思います。


さて、ニノイ政権下において国の再興を
目指すフィリピンですが、長らく続いた
病がフィリピン経済の根底に残した遺恨は
大きく、経済は相変わらずの低迷を続けます。

しかし、フィリピン以外のアジア諸国は
凄まじい経済成長を続けます。

特に、NIEs(ニーズ)と呼ばれる新興国
(韓国・香港・台湾・シンガポール・ブラジル
・メキシコ)は金融自由化の影響により、
世界経済のボーダレス化が進み、
海外からの多額の不動産投資等の影響により、
1980年代に急激な高度経済成長を見せます。


まさに、フィリピン以外のアジア諸国は
『バブル経済』

土地、不動産、通貨の価格が急上昇していました。

そんな中、フィリピンが逆転Vを果たす
きっかけとなる事件が発生します。

それが、『アジア通貨危機』です。


『アジア通貨危機』の発端はタイの通貨価値の
暴落から始まります。

1990年代、タイの経済はまさに「バブル経済」と
呼ばれるまでに成長していました。

しかし、1997年7月タイの通貨価格は暴落します。

これは、タイのバブル経済がいつまでも続くことが
ないことを見通していた、投資家たちが一斉に
タイのバーツを売りに走ったことが引き金となりました。


その投資家たちとは、外国の通貨や株式の売買で
巨額の利益をあげていたヘッジファンドと呼ばれる
投資家たちのグループです。


タイ政府もこのヘッジファンドたちの仕掛ける
バーツ売りに対して、自国の保有するドルによる
買戻しで、バーツの暴落を防ぎますが、
国際的なヘッジファンドによるバーツ売りに対し、
とうとうタイ政府は勝負に負けてしまいます。

結果、タイのバーツ価格は急落し、バブル経済は
終わりを迎えます。


しかも、この通貨価格の暴落はタイのみでは
終わりません。
他のアジア諸国であるマレーシア、韓国、
インドネシアまで飛び火することになります。

タイの通貨暴落からはじまったこの通貨危機は
瞬く間にアジア各国へと飛び火します。

これが、アジア経済史に残る大事件
『アジア通貨危機』です。


アジア通貨危機により、企業の倒産、
経済崩壊が続くアジア各国。


その中で、比較的被害の少ない国がありました。

そう、それがフィリピンなのです。

さて、アジア諸国が経済崩壊で苦しむ中、
何故、フィリピンはこの通貨危機で
被害を最小限に食い止めることができた
のでしょうか?

『アジア通貨危機』により、アジア諸国が
軒並みマイナス成長に陥る中、
フィリピンの1998年のGDPは+1.7%という
経済成長を見せます。

答えは単純です。

それは、フィリピンが『アジアの病人』だった
からです。

フィリピン経済は長らく低迷を続けており、
他の諸外国と違い、バブル経済とは程遠い
国でした。


そんなフィリピンにとっては、アジアのバブルが
崩壊したことで大きな影響はなかったのです。


ここから、フィリピンの快進撃が始まります。
もともと凄まじいポテンシャルを秘めていた
フィリピンがやっとその実力を発揮しました。


通貨危機に遭遇してもバブルが起きていなかった
フィリピンでは、
金融機関と企業の健全さが保たれたため、
ペソ安を背景に輸出が伸びることで景気を
下支えしました。


また、アジア諸国に注目していた世界中の
投資家たちが、この事件をきっかけに
フィリピンに再注目することとなります。

①公用語が英語
②就業人口が多い
③未開拓の観光地
などなど、

世界中の投資家たちがフィリピンに
注目を始めました。

また、フィリピン経済を回復に導いた中には
OFWと呼ばれる国外への出稼ぎ労働者たちも
大きく影響しています。

彼らは得意の英語を活かして、世界中から
フィリピンへの送金を行いますが、
これがフィリピンペソの安定をもたらしました。


さて、前回から数回にわたり、フィリピンの現在の
高度経済成長までの道のりを、簡単にですが、
ご説明させて頂きました。

こうしてみると、フィリピンは他のアジア諸国と
比べると、特殊な道を歩んできた国と言えるでしょう。


また、言い換えれば、フィリピンは他国が
バブル経済を迎え、絶好調の時にも、
したたかに自国のポテンシャルを信じ、
健全に経済成長を行った国とも取れます。


ドゥテルテ大統領の外交により、他国との
繋がりが強くなってきたフィリピンですが、
彼らはその昔、世界によって幾度にもわたり、
植民地とされ、経済成長を阻まれた過去が
歴史としてあります。


そんなフィリピンが世界中から注目されている
今、どのような方向へ進んでいくか、
私たちは注目していきたいと思っています。

本日も最後までお読み頂き、
ありがとうございました。