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ペソ紙幣の人物は誰かご存知でしょうか?

2018年 7月19日

小嶋レイ子

フィリピン

こんばんは。
小嶋レイ子です。

さて、本日はタイトルのとおり、
フィリピンの通貨であるペソ。

日本の紙幣と違ってとても
カラフルですね!

フィリピンにこられた方は
「使ったことはあるけど、人物はよくわからない」
そういった方も多いと思います。

それでは、本日は大事なお金にまつわる話。
紙幣に描かれている人物が誰なのか、
皆様へご紹介したいと思います。

※日本円への換算は7/16日のレートで
1ペソ=2.10円で換算しております。



◆20ペソ(約42円)

表:マニュエル・ケソン(Manuel Luis Quezon)

第2代大統領
彼はフィリピンの独立に向けて尽力されました。
しかし、それを見届けることなく志半ばの
1944年8月1日にニューヨークで持病の肺結核により
逝去しました。

タガログ語を国語と定めたことから「フィリピン語の父」
と言われています。

また、フィリピンのケソン市は彼の名前が
由来となっています。

裏:ユネスコの世界遺産に指定された
コルディリェラ(Cordilleras)行政地域

イフガオ州(Ifugao)のバナウェ(Banaue)の棚田

ジャコウネコ(Palm civet):コーヒー豆を食べる有名な
動物です。その糞から採れるコーヒー豆は最高級品として
世界で愛されています。







◆50ペソ(約105円)
表:セルヒオ・オスメニャ(Sergio Osmena)

第3代大統領

1900年、自らが創設したセブの日刊紙
「エル・ヌエボ・ディア(新時代)」
において平和的手段を通じた独立運動を推進。

1904年、セブ州知事に就任。
1906年、国民党の初代党首となった人物です。

裏:バタンガス(Batangas)州のタール湖(Taal Lake)

ジャイアント・トレバリー(Giant trevally):
フィリピンでは食用として好まれているアジで、
日本のものより一回り大きいです。







◆100ペソ(約210円)
表:マニュエル・ロハス(Manuel Roxas)

第5代大統領
彼はフィリピン共和国が誕生した時の大統領です。

彼は日本との繋がりが非常に強い人物です。
第二次世界大戦時、ロハスはフィリピン軍の
指揮官として戦場に赴きます。

しかし、彼は日本軍の捕虜となってしまいます。
そこで、偶然出会った神保中佐は偶然捕虜であった
ロハスに出会います。

神保中佐は彼の祖国フィリピンの独立のみの
ために戦う姿を見て、軍の上層部にロハスの
処刑撤回を懇願します。

中佐の強い要望から彼は、処刑されることなく
ミンダナオにて、約2万人の捕虜の取り仕切り役を
命ぜられました。

その後、彼は戦後初の大統領として、
フィリピン共和国独立の宣言を行いました。

裏:ビコール(bicol)地方

アルバイ(Albay)州のマヨン火山(Mayon Volcano)

ジンベイザメ(whale shark):
ジンベイザメを見るならセブ島でのダイビングが
オススメですよ!







◆500ペソ(約1050円)
表:(左)コラソン・アキノ(Corazon Aquino)

第11代大統領

(右)ベニグノ・S.・アキノ ジュニア(Benigno S. Aquino, Jr.)

皆さんご存知のアキノ夫妻が500ペソ紙幣に
登場しています。

フィリピンの民主化に尽力した夫妻です。
アキノ氏暗殺事件のあと、エドゥサ革命を経て、
マルコス政権を打倒し、コラソン・アキノ(左)が
フィリピン大統領に就任しました。

裏:ミマロパ(MIMAROPA)地方

パラワン(Palawan)州プエルト・プリンセサ地底河川国立公園
(Subterranean Underground River in Puerto Princesa)

コオオハナインコモドキ(blue naped parrot):
絶滅危惧種に指定されているフィリピンの鳥







◆1000ペソ(約2100円)
表:(上)ホセ・アバッド・サントス(Jose Abad Santos)
日本軍侵攻時の大統領代行

フィリピン独立準備政府(コモンウェルス)の
最高裁判所長官、日本軍侵攻時には
非占領地域大統領代行を務めました。

第二次世界大戦下において、
バターン半島の戦いで米比軍は日本軍に敗れた際、
ケソン大統領がフィリピンから脱出するも、
自身はフィリピンに残り、大統領代行を務め、
最後までフィリピンのために戦った英雄です。


(中) ビセンチ・リム (Vicente Lim)
日本軍侵攻時に活躍した将軍

米国国防大学を卒業した初めてのフィリピン人。
日本軍の侵攻時に活躍をしたフィリピン軍の
将軍ですが、後に日本軍の手によって処刑されました。


(下) ホセフア・リアーネス・エスコダ(Josefa Lianes Eskoda)
女性解放の先駆者、フィリピンガールスカウトの創設者

フィリピン女性解放の先駆者にして
フィリピンガールスカウトの創設者。

同じく日本軍に協力を強制され、
それを拒否したことにより処刑されました。

裏:スールー海のトゥバタハリーフ
(Tubbataha Reefs)国立海洋公園

アコヤガイ(Pinctada)と南洋真珠:
ミンダナオ(Mindanao)のくくり染め染色された
マニラ麻





さて、いかがでしたでしょうか?
私が驚いたのは、1000ペソ紙幣の偉人たちは
日本軍によっていずれも処刑された人物だと
いうことです。


そんな悲惨なフィリピンと日本の過去が
あったにも関わらず、現在の日本とフィリピンが
友好な関係でいられるのは、日比間の
先人たちのおかげであると改めて考えさせ
られます。


本日は、フィリピンペソ紙幣から
フィリピンの歴史上の偉人について
お話させて頂きました。

そして、この歴史には大きく日本が
関わっている人物が登場しています。


私たちはフィリピンと日本との両国の
歴史を良く理解し、フィリピン人の方々へ
尊敬と友好の念を持って、お付き合いして
いくことが大切だと考えております。


それでは、本日も最後まで
お読み下さり、ありがとうございました。